補足・訂正事項

2010年6月10日 (木)

「戯れのメタフィクション」と「戦争のメタフィクション」

Filed under: 補足・訂正事項, 評論 - 藤田直哉 @ 12:32:56

 『筒井康隆の「仕事」大研究』に、筒井さんの「メタフィクション」という項目を書くと言う大役を仰せつかりまして、色々と読み返していて、思うことがありました。特に巽孝之先生の『メタフィクションの謀略』と由良君美さんの『メタフィクションと脱構築』を読み返して、刺激を受ける部分が多くありました。実際の原稿の1600文字という限定があったので、その中で書けなかったことを書かせていただけたらと思います。不勉強な恥を晒すことになるかもしれませんが、ご指導やご意見をいただきたいと思いまして、雑感を書かせていただきます。
 由良君美さんの『メタフィクションと脱構築』の解説に、巽先生は以下のように書かれていらっしゃいました。「ロマンティシズム文学をいったん放棄することからモダニズム文学ははじまった。しかし逆に、ポストモダニズム文学を読めば読むほど、かえってロマンティシズム文学を再評価する眼が養われるのも、事実なのである」(p354)。これは、巽先生が自らのアメリカ・ロマン派研究の際に、ポストモダン文学と照応させながら読んだ経験と、由良さん自身がロマン派文学と言う狭い領域を研究しながら脱領域に至ったという逆説の両方を指して書かれています。僕自身も、ロマン主義文学やそれに近接する詩や戯曲を読んだわずかな知識の中でも、確かに「これが劇だ」と言うことで「劇ではない真実性」を逆説的に表現したり、「政治行動」と「演劇」を重ね合わせることで、観客が生きている経験そのものを演劇化してしまう作品というのは、確かに散見することができます。
 僕は現代のオタク文化はロマン主義に近い心性を持っていると考えています。そして現代のオタク文化に多く現れているメタフィクションと、筒井康隆さんの描かれるメタフィクションは違うという印象を受けました。それを端的に示していたのが、僕も参加させていただいた「ゼロアカ道場」の第五次関門の出来事でした。審査員の筒井康隆さんに対して、道場生の峰尾俊彦くんが「ハルヒは全部メタフィクション」と言い、筒井さんが「そうではない」と述べた場面がありました。この場面は筒井さんが「メタフィクションの巨匠」であるために、峰尾くんが笑いものになったのですが、峰尾くんが「ハルヒをすべてメタフィクションと思っていること」自体は分析に値する事のように思い、このことの意味は結構自分の中で燻っていました。筒井さんのメタフィクションと、オタク的な文脈の中で峰尾くんが思っているメタフィクションとはどうも違うもののようだ、ではそれはどういう違いで、どうしてそのような齟齬が生じているのだろうか、と。
 基本的なメタフィクションの定義とは、こういうものです。巽孝之氏の『メタフィクションの思想』からの引用ですが「それは、「文学は現実を模倣する」という古典主義的前提に則るフィクションの諸条件を根底から問い直し、最終的にはわたしたちのくらす世界の虚構性を暴きたてる絶好の手段だった。/そのためにこそ、メタフィクションは多くの文学的自己言及装置に頼る。(P9)」そして具体例として「たとえば、ひとつの内部にもうひとつの小説を物語るもうひとりの小説家が登場すること」「たとえば、小説内部で文学史上の先行作品からの引用が織り成され、批判的再創造が行われること」「たとえば、小説内の人物が実在の人物と時空を超えて対話したり、作者自身や読者自身と対決したりすること」「たとえば小説を書いている作者自身がもうひとりの登場人物として介入」などが挙げられていました。
 そうすると、例えば先行作品からの引用などは、オタク系の作品では多いし、自己言及も多く、90年代ぐらいのライトノベルではよくあとがきで登場人物と作者が会話していたりするので、この定義によるメタフィクションの要件をある程度は満たしている部分はあると思います。この認識は、若干の峰尾君の誤解もあるにせよ、東浩紀氏がメタフィクションやポストモダンとオタク文化を結び付けて以降、それがどう受容されているのかの一つの例になると思います。ロマン主義に対するモダニズムがあったとして、ポストモダン文学がロマン主義に近づいている。オタク文化がポストモダンの産物だとすると、それは確かにロマン主義的傾向を持っていると考えていいと思っております。僕自身も「セカイ系」を分析した「セカイ系の終わりなき終わらなさ」では、日本浪漫派の心性と近しいものと考えて分析しています。(それ渡邉大輔氏の慧眼とも言える指摘の影響を受けたものです)。オタク文化のメタフィクションは、例えば「物語の外に出る」という行為を連続させることにより、入れ子が「無限」を想起させ、その無限から観念的な超越性を汲み取ると言うようなロマン主義的な機能を持ってしまっております。
 僕が筒井康隆さんの著作に感じるメタフィクション性と言うのは、そのような「超越化」に抗うようなメタフィクション性です。一般的にメタフィクション=物語批判は、「戦争」を根拠として行われることが多かったという経緯があります(ヴォネガットが典型例でしょうか)。『メタフィクションの謀略』で分析されている作家も、筒井康隆も、そして「物語批判」的な批評も大体はそのような傾向を持っています。筒井さんの初期作は、「戦争」と結びついた物語批判を行っていたことは確実のように思います。「メタフィクション」という技法自体は、ロマン主義とその帰結としての戦争やイデオロギーや国家などを批判することもできるし、強化することもできるものなのでしょう。僕はこれを「戯れのメタフィクション」と「戦争のメタフィクション」(あるいは「超越化のメタフィクション」と「物語批判のメタフィクション」)に分けることにしました。
 これは「消失点、暗黒の塔」に引用させていただいた、以下の巽さんの嘆息とも通じているように思います。90年代に既にこの認識が存在していたことに僕は驚くわけですが、それこそ遠近法的倒錯で、僕の認識がようやく遅れて追いついただけというのが本当のところでしょう。「むしろメタフィクションもまた二〇世紀中葉の歴史的産物だった事実と同時に、それがいまでは、時代的無意識に沈潜したメタフィクティヴな高度資本主義的イデオロギーの覇権によって自明化され意識から抹殺されてしまった歴史ではあるまいか。消費への意志は、商品ならぬ消費メカニズム自体をメタ消費していく。(中略)今日のメタフィクションが呼吸しているのは、まさにそのような忘却の文学史に他ならない」(『メタフィクションの思想』p41)この言葉に込められていたある種の「嘆息」のようなもの、「戦争のメタフィクション」が「戯れのメタフィクション」へと変化していくことへの嘆息のようなものをどう評価したらいいのでしょうか。
 これは現代のオタク文化を評価する上で重要なポイントであり、筒井康隆が80年代に入って成し遂げた変化や達成を考える上で重要な点ではないかと思います。「戦争のメタフィクション」は、政治性が根底にある、重苦しいものです。それに対して「戯れ」は軽いものであり、この軽さ自体に高度消費と結びついた批評性があったものと思います。確かに、80年ごろに、筒井さんは文学における「政治性」を否定し、「戯れ」や「ゲーム」を肯定する発言をしています。ゼロ年代のオタク文化は、80年代のそのような水脈で育ったものであることも確かだと思うのですが、社会条件や消費の構造が変化した今、その「戯れ」のメタフィクション性の批評性や、あるいは価値は、どう考えるべきでしょうか。筒井さんの中には「戯れのメタフィクション」と「戦争のメタフィクション」の両者の時期があると考えていいと思います。そして、断筆宣言以降、この両者がどういう関係を切り結んでいるのか。それは、先に出てきた『涼宮ハルヒ』シリーズのパロディである、『ビアンカ・オーバースタディ』で、ライトノベル、萌え、美少女とロマン主義的な詩を登場させ、さらにパロディや「生殖」の神秘性を奪うかのような生命科学の導入、反復構造の導入などにより、極めてスリリングな、筒井康隆における両傾向における葛藤の現在進行形の解答が見えるように思うのです。
 この「戯れのメタフィクション」と「戦争のメタフィクション」は、いわゆるゼロ年代のオタク・カルチャーの中でも両者が存在しているように思います。一方は『らき☆すた』などの作品、他方は『メタルギアソリッド』などの作品です。この乖離をどう考えるべきなのか。戦場と化したリアリティが濃厚な「世界」と、島国的閉鎖の中で一見「平和」な「日本」の違いなのでしょうか。なにはともあれ、メタフィクションが現在進行形で有効に機能し続けている現在の状況は、注視し続けなければならないでしょう。

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2010年4月12日 (月)

「「世界内戦」とわずかな希望――伊藤計劃『虐殺器官』へ向き合うために」に関するエラッタと補足

Filed under: 補足・訂正事項 - 岡和田晃 @ 15:31:11

 こちらではご無沙汰しております。 岡和田でございます。

 先だって、増田まもるさまより、本サイト、Speculative Japanにおいて、私の論文「「世界内戦」とわずかな希望――伊藤計劃『虐殺器官』へ向き合うために」が第5回日本SF評論賞優秀賞を受賞した旨をお知らせいただきましたが、選考委員の諸先生方の選評への応答を踏まえたうえで、全面的に加筆・修正を施し、当初より原稿用紙換算で30枚近くの増補を加えたうえで、同論文の全文を〈S-Fマガジン〉2010年5月号に収録をいただきました。

 遅まきながら、まずは、このことをご報告させていただきます。ぜひ、ご覧いただけましたら幸いです。

 なお、もしご意見・ご感想などをお持ちの方がいらっしゃいましたら、

orionaveugle★hotmail.co.jp(★→@)

 へご連絡をいただければ、可能な限り応答をさせていただきます。

 ただ、申し訳ありませんが、同論文には、私の不注意から、いくつかエラッタ(訂正箇所)が発生しております。私のブログ「Flying to Wake Island」にも記しましたが、Speculative Japanおいて先だって拙稿の紹介をいただいていたことから、こちらにも訂正事項を記させていただくことが筋であると、愚考いたしました。
 〈S-Fマガジン〉編集部の許可を得まして、正しい記載事項を紹介させていただきます。お読みになった皆さまには、お手数ですが訂正をいただけましたら幸いです。

 ご迷惑をおかけいたしました皆さまには、伏してお詫び申し上げます。
 以下、訂正箇所になります。なおページ番号については、〈S-Fマガジン〉2010年5月号を指します。

▼P.233、中段、左から2行目
畢竟(¥¥るび:さいきょう)

畢竟(¥¥るび:ひっきょう)

▼P.244、中段、左から2行目


『パルチザンの思想』などシュミットの思想

『パルチザンの理論』などシュミットの思想

▼P.247、上段、右から11行目
大戦をと

大戦と

▼P.249、中段、右から9行目
一員だったのだ、

一員だったのだ。

▼P.251、上段、左から1行目
個人の理性の延長戦上

個人の理性の延長線上

▼P.253、下段、右から1行目
すなたち

すなわち

▼P.254、下段、左から11行目 母の死を決断した際、 ↓ 母の「死」を決断した際、

▼P.257、中段、右から2行目
SFセミナー二〇〇

SFセミナー二〇〇九

▼P.258、上段、右から6行目
高森和巳訳

高桑和巳訳

▼P.258、中段、後ろから10行目
シュミレーション

シミュレーション

10/04/18

 続いて、こちらも編集部の許可を得たうえで、補足事項を記させていただきます。

 P.230の「受賞の言葉」に記しました「戦車に搭乗したロシア軍の兵士が、グルジアのアパートへ歓声を上げながら砲撃を加えているさまを動画投稿サイトにアップロードしている」という箇所ですが、別件でグルジア戦争について改めて調べ直していたところ、2010年3月現在、海外のインターネットサイトの多くでは、グルジア戦争の最中、南オセチアの首都ツヒンバリのアパートにグルジア軍が砲撃を加えているさまがほとんどで、対してロシア軍の動画は主に空爆のものだということが判明しました。

 日本のテレビで報道された動画は以下の通り。
http://www.youtube.com/watch?v=pXuCpnduqXE:movie

 裏付けを取るために活字で参照できる書物を爪弾くと、大野正美の『グルジア戦争とは何だったのか』という本において、国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」の2009年1月23日付けのグルジア戦争での人権侵害状況についての報告が紹介されています。
 これは、「ロシアとグルジア、さらに南オセチアの現地で四六〇人以上に聞き取り調査をしたもの」ということで、大野氏は「現地で取材した感触からすると、もっとも包括的で実態に近いもの」だと説明しています。

報告はグルジアについて、民間と軍事標的を区別できないロケット弾などを使った無差別かつ過剰な攻撃で多くの市民を死傷させた、と非難した。ロシアについても南オセチアとグルジア領の両方で国際法に反して空爆や砲撃、戦車による攻撃をし、多くの市民を死傷させた、と非難した。また、ロシア部隊が積極的に市民に対して攻撃や略奪などをすることはなかったが、南オセチアのグルジア支配地区やグルジア領で南オセチアのオセット人民兵がグルジア人住民を攻撃、略奪、殺害するのを放置した、と批判した。さらに南オセチアの分離派政府に対しても、オセット人民兵らによるそうした迫害で南オセチアのグルジア側支配地区からグルジア人住民を追い出すことを狙った民族浄化を企て、結果的に約二万二〇〇〇人のグルジア人住民が自分の家に戻れない状況を作り出した、と非難している。

 この記述から見れば、むしろグルジア軍が南オセチアへ砲撃を行なったという事実の方が信憑性が高いように思われます。私が間違っていた公算はかなり高いです。  ただ、実際、私が「ロシア軍がグルジアのアパートに砲撃する」と題された動画も見たような記憶があります。それが単なる記憶違いだったらよいのですが、その動画は既に消えてしまっていたので裏が取れません(そのことは、「受賞の言葉」を書く前に、私のブログ、http://d.hatena.ne.jp/Thorn/20100205へ記しました)。

 またグルジア戦争から間もない時期には、紙媒体でもウェブででも、いろいろと情報が錯綜していたように思います。私がチェチェン・グルジア問題について調べ物をしていた時期には、大野氏の著作も発表されてはいませんでした。一方で、(その信憑性に疑問符は付くにしても)インターネット上には、ツヒンバリの動画はやらせではないかという声もちらほら上がっております。

 こうした、いわば自らの現在進行系の行為を仮想的なものとして提示するという行為には、常に受け手の認識を宙吊りにしかねない作用が働いてしまうのではないかと思います。私が問題としたのは、かような「事実」報道の不確実性と、人間の報道の理念を疑うという、認識能力の不確かさそのものです。
 文学の究極の主題は戦争の表現だという言葉がありますが、戦争のような人間の認識の枠組みを根本的に破壊しようとする行為を表象することは、相対的に見ても極めて難しいものがあります。だから逆を言えば、『虐殺器官』が戦争SFであることには、意義があるのだと言えます。

 「受賞の言葉」では、あくまで調査時点のファースト・インプレッションを大事にしたいと思い、またこうした不確実性をも前提としたうえで変化する時代の様相を表すため、かような記述を行なった次第ですので、目的とするところはまったく変わらないのですが、グルジア戦争と動画の関係について、現時点で裏を取ることのできるポイントを参考までに提示させていただくことにした次第です。
 そのため、「戦車に搭乗したグルジア軍の兵士が、南オセチアのアパートへ歓声を上げながら砲撃を加えているさまを動画投稿サイトにアップロードしている」という書き方が、現時点では信憑性の高い記述として提示できると言えるでしょう(奥歯に物の挟まった形に見えるのは承知しておりますが、こういう書き方が誠実だと判断いたしました)。

 ゆえに、もし引用などされる機会がありましたら、「戦車に搭乗したグルジア軍の兵士が、南オセチアのアパートへ歓声を上げながら砲撃を加えているさまを動画投稿サイトにアップロードしている」と解釈をしていただけますと、ありがたく思います。
 混乱を招いたのであれば申し訳なく思っております。深くお詫びするとともに、今回の補足を、何かしらお役に立てていただけましたら幸いです。(岡和田晃)

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