追悼文

2009年7月20日 (月)

ある戦友を悼む――ジーン・ヴァントロイヤーの思い出   巽孝之

Filed under: 追悼文 - 増田まもる 21:53:52

 このところ『ローカス』編集長チャーリー・ブラウン逝去など作家以外でも重要人物の訃報が続いているが、本日 2009年 7月 20日は昼すぎから九段会館で開かれる「栗本薫さん、お別れ会」のため外出しようとした矢先に、われわれ  Speculative Japanにも関わりの深い翻訳家・詩人のジーン・ヴァントロイヤー氏が、肺癌のため、去る 7月 17日の金曜日に急逝されたという知らせが飛び込んできた。 日本SF傑作選第一集、すなわち 『Speculative  Japan』の共編者であったグラニア・デイヴィス氏より、同書版元である黒田藩プレス社長エドワー ド・リプセット氏を経由した情報である。聞けばジーンは小康状態だったため今年の夏にはハワイで療養し、グラニア・デイヴィス氏と再会の予定であったという が、突如として病が再発したという。
1970年代半ばから『 SFマガジン』にも「 SFスキャナー」のみならずセンセーショナルなコラムを寄稿し、ほかならぬ彼の文章のうちのひとつ「憎しみと嫉妬の渦」( 『 S Fマガジン』 1978年 1月号)こそが、いわゆるサイバーパンク運動の起源の起源というべきハーラン・エリスンとジョン・シャーリイの師弟関係決裂を最初に伝えるものだったのを、いまでもヴィヴィッドに思い出す。
1980年代半ば、サイバーパンク勃興期のワシントン DCで知り合った、のちの『 SFアイ』編集長スティーヴ・ブラウンから、エリスンVSシャーリイの確執を教えられたとき「はて、どこかで聞いた話だ」という印象があったのは、まさにジーンによるリアルタイムの報道を読んでいたからだった。そのスキャンダルがニューウェーヴ以後のSFを強力に牽引する新たな運動を引き起こすことになろうとは、当時は誰ひとり予想もできなかった。
 ほかにも「レム事件の真相」( 『 S Fマガジン』 1977年 11月号)や「レムに関する話題二つ」( 『 S Fマガジン』 1978年  9月号)、「ワールドコンを日本で」( 『 S Fマガジン』 1987年 1月号)といったコラム群を読むならば、明らかにジーンがニューウェーヴからサイバーパンクへ至る現代 SF史の激動期において今日の日本S Fの位置をしっかりと見据えた先覚者であり、旬の話題をつかむのが巧みな煽動者であり、そして優れたSFジャーナリストだったことがわかる。
 そんな彼がジュディス・メリルから引き継いだ日本SF傑作選の計画はずいぶんむかしから聞いていたので、1990年代初頭にジーンがわざわざ平塚の家(当時わたしが転がり込んでいた小谷真理氏の実家)にまで足を運んでくれたときには、刊行をどうするか真剣に討議したこともあった。このころには、どうやら強力な敵対陣営があったらしく、彼はずいぶん焦っていたような気がする。見るからに1960年代西海岸ヒッピーの面影を残す大柄のジーンが突如来宅し、大声で出版構想をまくしたてるので、 戦前のハリウッド映画で育った義母などは、ずいぶんびっくりした様子だった。
 しかしそれから十年を経て、とうとう盟友リプセット氏の英断で黒田藩プレスからの刊行が決まってからのジーンは、余裕だった。わたしも最終編集段階に入った彼からの問い合わせにはすべて回答し、序文執筆のためにも協力を惜しまなかった。2006年の秋、もう出版が秒読みに入ったころには、わたしがたまたま琉球大学の会議に出席する機会を得たため、沖縄に住む彼を呼び出し、懇親会席上にて日系アメリカ人マジック・リアリズム作家カレン・テイ・ヤマシタをまじえ、三人で歓談したこともあった。
 かくして、運良くワールドコンには間に合った黒田藩プレスの 『Speculative Japan』こそは、ジーン最大の業績であり、日本SF界へのかけがえのないプレゼントである。しかし彼の手元には、同書にまとめられた短篇群のおそらく三倍は超える翻訳草稿が残っていたことも忘れることはできない。日本SFが世界へ羽ばたき始める時代の血と汗と涙にみちた前史として、ジーン・ヴァントロイヤーの名前は今後も長く語り継がれるだろう。合掌。

                                                 巽孝之

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2009/7/20 (月)

エドガー・アラン・ポー生誕200年記念大会

Filed under: 最新情報増田まもる 13:41:47

エドガー・アラン・ポーの文学を中心に、広くアメリカン・ルネサンスおよび時代を超えた世界の文学と文化を研究すること、またその研究成果の発表をつうじ、会員相互及び内外学会との交流をはかることを目的として、2007年4月1日に発足した「日本ポー学会」が、9月19日(土)と20日(日)に、慶應義塾大学三田キャンパス内北館ホールにて、エドガー・アラン・ポー生誕200周年記念大会を開催いたします。
9月19日(土)には作家の小森健太朗氏ほかの研究発表、ブラウン大学名誉教授バートン・L・セント=アーマンド氏の特別講演があり、20日(日)にはSpeculative Japanのメンバーの慶應義塾大学教授巽孝之氏を司会に、明治大学教授高山宏氏、東京大学教授井上健氏、文芸評論家安藤礼二氏、翻訳家・エッセイストの鴻巣友季子さんを講師に迎えたシンポジウムが予定されています。
ちなみに、安藤礼二氏は『NW-SF』誌を読んで育ったという、大江健三郎賞受賞の新進気鋭の評論家です。
入場は無料、予約も不要ですので、興味のあるかたはふるってご参加ください。
なお、詳細については、下記の告知をご覧ください。

 http://www.muse.dti.ne.jp/~mitabun/event0.html

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