寄稿

2010年2月24日 (水)

「第5回SF評論賞」に関する選考委員長私見   荒巻義雄

Filed under: 寄稿 - 増田まもる @ 23:31:05

「第5回SF評論賞」に関する選考委員長私見   2010年2月25日

 平成21年12月8日1600より、早川書房会議室で2時間以上にわたり行われたが、今回は、高千穂遙氏に代わり瀬名秀明氏が加わったことで、評価が大きく分かれたのが特徴である。
 〈選考委員〉 荒巻義雄(委員長)、ひかわ玲子、小谷真理、瀬名秀明、清水直樹(SFマガジン編集長)
 〈オブザバー〉新井素子(日本SF作家クラブ会長)、井上雅彦(同事務局長)

 なお、平成22年2月5日行われた授賞式の講評は瀬名秀明が担当し、極めてよく整理された内容であった。なお、SFマガジンに受賞作が掲載されると同時に、選考委員による対談形式の講評が載る予定である。
 以上を以て公式発表とすることに異存はない。
 従って、以下に述べる見解は、あくまで選考委員長の私見であるとお断りする。  しかし、これから本賞に応募されるかたにとっては参考になると思うので、〈傾向と対策〉としてお読みになるのも一案である。(文責/荒巻義雄)

 ●全体的に気付いた点を言えば、論文としての形式を整えることが、まず求められる。これが入選の最低条件である。
ア 参考文献は巻末にまわし、引用個所のページも記載すること。(選考委員は可能な限り裏付けをとっています。参考文献を読みまちがっている場合もあるから)
イ 近年の傾向であるコピペ(コピー&ペースト)は御法度である。(あまりのひどさに、某大学でコピペ発見ソフトを開発したというくらいだ)
ウ コピペでなくても、すでにある論文の考えに従い、独自の考えのない作品は、まったく評価されない。(プロになることだからだ。学生のレポートとは本質的に性質がちがうし、また公刊誌に載ることは大勢の目に曝されることを意味する)
エ 近年、特に引用については著作権がやかましくなっているので、できるだけ減らすこと。著者の諒解があれば問題ないが、長い引用は選考者の心理に必ずしもいい印象を与えない。
オ 起承転結がコツである。まず、冒頭で問題提起を行い(起)、全体の半分ぐらいの枚数で論文の中心課題を述べる(承)。次が(転)だが、角度を変えて問題の側面を論ずる。視座の変更や、反対学説、より深化させた考えなどなど。最後が(結)であるが、SFへの愛を語るのも一つの手だ。選考委員はSFが好きで好きでたまらないSF作家クラブのメンバーです。SFへの批判も受け入れますが、十分、説得力のある内容であって欲しい。
 などに留意されたい。
 ●なお、学歴は問わないが、最終選考には大学院出など、かなりの高学歴者が見受けられる。
 ●SF関係者には大学教員や教授経験者も多く、想像以上の幅がある。その意味でも本賞入賞は、互いにSF理論のみならず、世界文学(英米文学や露仏独文学など)の流れで、SFを考えることでもある。
 ●今回の応募も多数にのぼったらしいが、厳選された4作品は下記のとおり。  われわれは、他の文学賞にもひけをとらない作品を求めています。懸賞金はありませんが、早川SFマガジンに掲載されれば原稿料がでます。なによりも、入賞者は歴史ある〈日本SF作家クラブ〉への入会資格が得られます。
 全国のSF同人誌やSFセミナーの皆さんなどなど、多くのかたの応募を切に願っております。

 〈最終候補作〉
 ①T・F氏 『スキャナー・ダークリー』と多重人格
 ②K・Y氏 フィジカルな宇宙――H・G・ウェルズ
 ③A・O氏 「世界内戦」とわずかな希望――伊藤計劃『虐殺器官』へ向き合うために
 ④M・T氏 文字のないSF――イスフェークを探して
 ①T・F氏
 A この方の投稿は2回目であり、専門の精神科医である。実は『高い城の男』についても投稿があったそうだが、同程度ということで選考委員の目には触れなかった。
 残念である。『高い城……』は個人的に大好きなのでぜひ読んでみたかった。もしも、この作品の中心思想である〈禅〉について論じているのであれば、ここでビート世代とディックが結びつくし、ディック研究の新分野を拓くきっかけになったかもしれない。
 B 筆者は推薦の立場をとったが、反対意見が強かった。筆者が強く推薦し切れなかった理由は、独自性である。
 (ア) アンフェタミンについての記述が、かならずしもディックの新解釈(発見)に結びつかなかったように思う。(偶然であるが、選考委員のうちが2名が薬学部出身である)
 筆者は、大学の専攻が心理学であるし、かつ美術関係者であるので、肯定と疑問が相反した。
 たとえば、アンディー・ウォーホールという表記があったが、一般的にはアンディー・ウォーホルである。些細なちがいでも、美術に関して素人っぽく感じられてしまう。(ANDY WARHOL)
 このウォーホルだが、参考資料の幅を広げればわかるとおり、彼自身に、予め死の影がまとわりついていた。  なお、『GQ』(2000年4月、No.86)にはウオーホルの交友関係が特集されているが、ディックの名はない。筆者の知るかぎりでは、直接、接触があった証拠がない。(あるかもしれないが)
 なお、上記リストには、アレン・ギンズバーグ(ビートニック詩人、1953年、27歳で鈴木大拙『禅仏教への入門』を読み、ウォーホルを訪ねたのは1964年38歳のとき)。『ジャンキー』でデビューし、『裸のランチ』で有名なビートニック作家ウィリアム・バロウズ。サルバドール・ダリ。ジャスパー・ジョーンズやロバート・ラウシェンバーグ。暗殺されたジョン・レノン。『冷血』のトルーマン・カポーティなど90数名が載っている。
 (イ) 反対意見を筆者が押し切れなかった最大の理由は、ご自身の発見が少なかったことだ。逆に言えば、一人でも強力な支持者があれば、少なくとも選考委員推薦賞を勝ちとることも可能になる。
 よけいかもしれないが、あえて対策を言おう。やはり、選考委員の琴線に響く評論を心がけるべきだと思う。ある意味で、ディックは、すでに論じ尽くされた作家であるから、どちらかというと鮮度に劣り、選考委員の気を引くには不利である。
 むろん、ディック解釈に新風が引き込まれるとすれば大歓迎である。
 たとえば、前述したとおり、1950~60年代のアメリカ文化の特徴、カウンター・カルチャー運動の一環として、文明論的に議論を展開できれば、アメリカ文学史に一石を投ずる論となるであろう。われわれ日本SF界もカンウンター・カルチャーの立場で戦ってきた。
 なお、日本SF界には巽孝之(慶大教授)のようなアメリカ文学の専門家もいる。
 (ウ) 多重人格については、筆者に『緑の太陽』(初出SFM)という初期の短編がある。従って、関心があり、筆者も、入門として『多重人格』(和田秀樹著/講談社現代新書)、『多重人格者として生きる―25の人格をもつ男の手記』(キャメロン・ウエスト著/堀内静子訳/早川書房)、新たに『多重人格者の日記―克服の記録』(ロバート・B・オクスナム著/松田和也訳/青土社)、『多重人格性障害―その診断と治療』(フランク・W・パトナム著/安克昌+中井久夫訳/岩崎学術出版社)に目を通した。

 註、なお、上記の最後の本(パトナムがもっともわかりやすかった)によれば、多重人格障害は、1970年代ではまだ五里霧中であった。
 一方、この標準的著書(治療マニュアル)が上梓されたのは1980年である。一方、『スキャナー・ダークリー』の出版は1977年、先駆的中編は1973年である。この時間差にも関心を抱くべきである。

 最後に、筆者は門外漢であるが、もし現在の研究水準とSF作品の実例が合致すれば、新たなSF研究の分野となるのはまちがいない。
 だが、あくまでも、単なる私見にすぎないが、たとえば、ギブスンやスミス(コードウェイナー)のような、まだあまり手がつけられていない作家を分析したほうが有利ではないでしょうか。もとより、「高い城の男」論をバージョンアップされても、筆者は歓迎します。

 ②K・Y氏
 A 文章のうまさとまとまりの良さで、いい点をつけた選考委員もいたが、かえってあやしく思った選考委員もいた。
 実は、評論にも文体がある。好い評論は文体そのものに鮮度と勢い、情念がある。あるいは、中心となる独自の〈鍵語〉が用意されているものなのである。
 筆者自身の感想を言えば、文節と文節の接合に撚りがないように感じられた。文節が棒接ぎで強靱さがないし、従って呼吸していない。想像するに、他人の論によりかかりすぎているからであろう。学んだ知識が自分の血肉になるには、何年も時間がかかる。知識の熟成とでも言おうか。
 再三いうように独自性こそがプロの条件である。学生らのレポートとはちがう判定をするのが、こうした文学賞である。プロは、新しい資料や独自の切り口を見せるものだ。かくして説得力が生まれる。
 B 対象を変えてはどうだろうか。
 (ア) このかたは、大学院専攻がフランス文学。フランス語の語学力を生かして、日本ではほとんど手つかずのヴィリエ・ド・リラダン『未来のイヴ』を論じてもらいたかった。
 ウェルズは、ほぼ論じ尽くされている。大著『時の旅人―H・G・ウェルズの生涯』(ノーマン&ジーン・マッケンジー著/村松仙太郎訳/早川書房)あるいは『SFの変容―ある文学ジャンルの詩学と歴史』(ダルコ・スーヴィン著/大橋洋一訳/国文社)の第九章「SFの伝統における転換点としてのウェルズ」、第十章「『タイム・マシン』対『ユートピア』―SFの構造モデルを求めて」など、既存の論を越える論文でなければ意味がない。
 (イ)しかも、このかたは、大学院での研究対象がロラン・バルトである。当然、『零度のエクリチュール』(この場合はカミュ『異邦人』の文体が零度)を読んでいるはずで、題名の〝フィジカルな〟は、バルトの〈テクストとしての身体〉や〈文学から生まれた身体〉から来ているものと思われる。こうしたせっかくの専門知識を生かした斬新なSF評論が望まれる。
 (ウ)当然、バルトからは〈エクリチュール〉の概念が引き出されてくる。むろん、意味もご存じであろう。とすれば、もしウェルズを論じるのであれば、彼の時代性、同時代人に共通するエクリチュールで論ずるほうが正攻法ではないだろうか。
 (エ)20世紀初頭のイギリス思想が反映された作品がウェルズだ――と見なせば、今日の基準でウェルズを批判する程度の仕事は、学部生にもできるだろう。
 しかし、読み方をかえれば、まだまだ、ウェルズは使えるのではないだろうか。20世紀後半の社会思想が、2010年代にウェルズの時代へパラダイム・シフトするかもしれない。筆者自身がエジンバラで感じたことは、英国式社会改良主義、たとえばフェビアン主義(これも産業革命以後の英国的エクリチュールだと思う)との関連というか、響きというか。
 否定ではなく肯定を導き出すのが、SF内部にいるわれわれのSFへの愛なのである。SFマインドを持っていただきたい。もっと、バルトを読み込んでいただきたい。

 ③A・O氏(優秀賞)
 A 個人的な思い入れに疑問を呈した選考委員もいたが、思い入れこそがSFの読者であると思うので欠点にはならない。むしろ、扱った伊藤計劃氏が若くして病死(享年34歳)されたことを考えれば世代的に近いだけに、この感情移入は理解できる。(因みに伊藤計劃氏は、今回、日本SF大賞を受賞した)
 すでに実績もあり、『社会は存在しない―セカイ系文化論』(限界小説研究会編/南雲堂)の執筆者の一人である。無類の読書家であるし、行動家でもある。平穏化しているSF界に活力を注ぐ新人として期待できる。
 B 受賞理由
 (ア) この評論の良さは「世界内戦」(笠井潔氏)という現代世界を言い表すのにもっとも適切なタームを、『虐殺器官』にうまく援用したことである。「世界内戦」は言われてみればその通りで、第二次大戦もある意味で世界内戦だし、現代ではイスラム原理主義によって起動されている世界内戦時代だとも言い得る。
 (イ) しかし、伊藤計劃論は、これからは、戦争SFの書き手としてではなく、実存SFとして、より深部へダイブして論じられるべきだろう。機会を改めて、ぜひ、A・O氏に。あなたならできるはずだ。
 また、この人の知的アンテナの受信力は素晴らしく、筆者もしばしば恩恵に預かっている。
 (ウ) 死の問題と真正面から向き合った情熱は良いと思う。死はSFの重要なテーマだが、このように真正面から扱った例はない。むろん、伊藤計劃氏のテーマが……であるが、ここにアガンベンを持ってきたセンスは鋭い。(デリダ『アポリア』も加えて欲しかったが)
 アガンベンはフランス哲学停滞後、イタリアで生まれた新しい哲学動向の旗手の一人だ。1942年生まれ。最近、邦訳も増え、筆者は上京の度に八重洲ブックセンターを訪れ買い集めているが、現在、蔵書は下記の通り。
 参考文献
 ●『ホモ・サケル―主権力と剥き出しの生』(ジョルジョ・アガンベン/高桑和巳訳/以文社)この本の第二部にある。なおホモ・サケル(HOMO SACER)とは、サケルがラテン語で「聖潔であると同時に呪われている」の意。ホモ・サケルを殺しても殺人罪にはならない。ある意味で中世ヨーロッパではそのまま解き放たれるこの罪人は、万人に命を狙われるという意味で、死刑以上の恐怖を味わうことになったらしい。
 ●『思考の潜勢力』(同/高桑和巳訳/月曜社)
 ●『アガンベン入門』(エファ・ゴイレン著/岩崎稔+大澤俊朗訳/岩波書店)
 (エ)最近、引用文の扱いは著作権がらみで厳しい。本人の諒解があれば許可されるが、ない場合は長い引用は避けたほうがいい。文を言い換えたり、要約する配慮も必要である。文中、佐藤亜紀からの引用は要約できると思う。要約もプロには必要な能力である。

 ④M・T氏(選考委員推薦)
 A 新たに加わった瀬名委員が強力に推し、一応、納得できる推薦理由であったので、選考委員推薦とした。このことについて異存はない。詳しくは、いずれ、SFMに載る選考委員評をごらんになってください。
 B 選考委員長の個人的見解
 (ア) 評論内容は、故人となった野田昌宏氏の有名な台詞「SFはやっぱり絵だねぇ」に関するもので、それが題名の「イスフェークを探して」なのである。
 どちらかと言えば文字に偏りがちなSFに、絵だけのSFを探して加えるという着想は、文化形態そのもののヴィジュアル化が進み、活字文化劣勢の時代にあっては、いい発想だと思う。それが推薦理由でもあり、異議はないのである。
 だが、生前の野田さん自身に会っている者と、会っていない者では認識のちがいがある。活字になった段階で、言葉が一人歩きしたきらいがあり、またそれを楽しんでいたのであろうか、野田さんは真意とのずれを否定しなかった……。
 ひょっとすると、筒井さんと同じB型だったのかもしれない。真の自分と、前面に出て演技している自分の二重構造になっているのが、B型だと一応は言われているが、科学的データがあっての見立てではない。
 しかし、生前、特にコレクターであったころの野田さんは、ちょっととらえどころがなかった。(実は、野田さんに頼まれて東京のスタジオでテレビ出演したこともあった)
 また、SF界デビュー直後、われわれの同人誌『コア』(1966年2月)にも『スペースオペラ讃歌』を寄稿していただいた。
 こうしたご本人に会った経験を持つ筆者の印象は、どうも悪戯、冗談好きの人物のようだった。おそらく同世代の寺山修司の短歌などにでてくる身辺の人物が全部、架空であったのとおなじ可能性が強い。不確実だが、高千穂遙さんの記憶でも、野田さんが「全部、架空の人物」と言っていたという。
 こうした仮定に立てば、イスフェークの真意もわかる。
 あたかも実在する画家のように野田さんが書いているイスフェーク氏は、実は野田さんが仕掛けた大冗談なのである。(*少なくとも、応募原稿では、この一番おもしろい仕掛けについての鮮明な指摘がなかった)
 謎解きは、短編「お墓に青い花を」の一番、最後にある。(創元SF文庫『レモン月夜の宇宙船』所収)
 答えは、〝I.T.ISFAKE〟である。(同408ページ)
 これがイスフェーク氏のフルネームである。
 つまり、〝It is Fake〟。「それは偽物」の意だ。フェークは美術界では贋作のことだ。(*筆者の問いあわせに、増田さんが教えてくれた)
 この仕掛けが話題になったことを、野田さんは天国で知り、笑っておられることだろう。
 (イ)もう一点気になった点を指摘しておく。たとえば、〝直観ではなく、確立された特定の論理を下敷きにして、きちんと理解した上で作品上に反映させていくという点で、シュルレアリスムとSFは非常に近い構造を持っている〟と、M・T氏は書く。
 実は、これは、まだ未解決の問題である。
 ところで、筒井康隆氏の卒論『シュール・リアリズム芸術の創作心理学的立場よりの判断』(『ユリイカ』特集筒井康隆の逆襲/1988年5月号に掲載)をご存知だろうか。この非常に重要な小論文が参考文献に見あたらないのはなぜでしょうか。
 SFとの付き合いが浅いからでしょうか。(筒井作品解読の原点がここにある。つまりリビドーと破壊エネルギーが創作のエネルギーになる)
 このなかで筒井氏がふれているが、あの秩序だった作品を描くダリにしても、着想の時点では忘我のうちに見出される。むしろ恣意的破壊、デタラメを行うダダとはちがい、シュールレアリズムは夢を源泉とし、ここに未知の秩序を仮定するのはラカンからであるが、まだ未解決なのである。
 なお、川又千秋氏の『幻視狩り』や拙著『カストロバルバ』(文庫改題『エッシャー宇宙の探偵局』『柔らかい時計』もシュールレアリズム作品である。
 筆者は、手持ちの参考文献にも当たってみた。たとえば、以下の通りだ。
 ●『七つのダダ宣言とその周辺』(トリスタン・ツァラ著/小海永二+鈴木和成訳/土曜美術社)
 ●『ダダとシュールレアリスム』(岩波世界の美術/マシュー・ゲール著/巌谷國士+塚原史訳/岩波書店)
 ●『シュールレアリスムと絵画』(アンドレ・ブルトン著/滝口修造+巌谷國士監修/人文書院 )
 しかし、筆者自身の経験からも、シュールレアリズム絵画からSFを創り出すことは可能だが、シュールレアリズム絵画はあくまでシュールレアリズムであって、SF画でないのではないだろうか。これは、今後に残された重要な研究テーマである。
 (ウ)手許に『S-Fマガジン』(1966年8月号/85号)がある。この時代では、S▲Fではなく、SとFの間に短いダッシュがついていた。野田さんがプロダムで大活躍をし始めたころの号で特別掲載の「ビバ!スペース・オペラ」が宏一郎名義で載っている。
 アート紙のページ上部に13個のペーパーバックの表紙が載っているが、多くは半裸の美女が描かれているもの。文章を読んでも、お会いしたときの会話でも、野田さんがうきうきされて話されたのは、こうした絵であったと思う。むろん、大いに照れながらではあるが……。
 むろん、これは同時代を生きた(偶然、同じ年である)筆者の素直な印象である。
 しかし、SFの解釈はSF界では自由だ。上記はあくまで筆者個人の見解である。  それぞれがそれぞれの背景でSFを楽しめばいいのである。
 M・T氏は前出『レモン月夜……』の「SFってなァ、結局のところ絵だねェ」とある帯び文を見て、何十枚もの評論をものにしたのであろう。これは才能である。今後、願わくばテーマを絞り、深く探求されることを望みます。            以上

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2010年2月 6日 (土)

日本SFの海外受容史               巽孝之

Filed under: 寄稿 - ★増田まもる @ 2:21:31

 日本比較文学会が60周年を記念して巨大論文集を刊行することになり、日本SFの受容史を寄稿せよという依頼が来た。この学会には大学院生のころから入会はしているものの、かれこれ20年近く前に国際会議で司会役を引き受けた以外はろくに活動しなかったので、義理を果たす意味でも、二つ返事で引き受けた。一昨年には日本近代文学会の『日本近代文学』第78号(2008年)に「SF研究の現在」なる論考も寄稿した蓄積もあるから、 30枚程度ならたぶんすぐに書き上げられるだろうと思っていたが、予想外に時間がかかり、締切を半年ほど過ぎた2月2日(火曜日)早朝、ようやく脱稿した。タイトルは一応「日本SFその受容と変容」。おそらく夏までには刊行されるだろう。
 わたしの責任の負える範囲だから、もちろん英語圏を中心に絞ったけれども、まとめるうちに気づいたのは、この分野に関する限り、意外なことに体系的な先行研究がほとんど存在しない、ということだ。日本SF史に関しては横田順弥氏から昨今の最相葉月氏や長山靖生氏まで多くの業績に恵まれているが、比較文学的研究としては、日本SFがいかに海外SFを受容したか、ではなく日本SFがいかに海外で受容されていったか、その見取り図を描かねばならない。もちろん、折にふれて日本SF英訳リストは作成されているものの、それだけでは論文にならない。書庫から参考文献を掘り出しては読み直すしかなかった。
 やがて見えてきたのは、日本SF英訳第一号が安部公房よりも早く星新一の「ボッコちゃん」だったのは広く知られているけれども、 それが斎藤伯好訳、アヴラム・デイヴィッドソン編集長の衝撃的な紹介文つきで掲載された『ファンタジー&サイエンス・フィクション』 1963年 6月号を読んだことが、のちの名翻訳家・浅倉久志の誕生につながり、 1970年の国際SFシンポジウムで来日し、72年には再来日を遂げるジュディス・メリルの日本SF英訳計画が、のちに矢野徹氏を筆頭として浅倉氏や伊藤典夫氏も一員となる翻訳勉強会を成立させ(つまり当初は英訳勉強会だったわけだ)、そこでの切磋琢磨こそはメリルとグラニア・デイヴィスを監修者とするジョン・ アポストルー&マーティン・グリーンバーグ編の『日本SF傑作選』(デンブナー社、 1989年)やジーン・ヴァントロイヤー&グラニア・デイヴィス編の『スペキュラティヴ・ジャパン』(黒田藩プレス、 2007年)の刊行を可能にした、という歴史である。
 その歩みを辿るうえで今回最大の参考文献になったのは、矢野徹『矢野徹・ SFの翻訳』(奇想天外社、 1981年)と浅倉久志『ぼくがカンガルーに出会ったころ』(国書刊行会、 2006年)の二冊。そこには、日本語のまったくできないメリルが、いかに翻訳勉強会の協力を得て石川喬司の「海への道」や小松左京の「兇暴な口」を英訳していったか、その独特な方法論がわかりやすく説明されている。デンブナー社版の「兇暴な口」訳者クレジットでは共訳者・矢野徹が抜け落ちてメリルの単独訳になっているというとんだご愛嬌も発見してしまった(もちろん、黒田藩プレス版における再録ではきちんと共訳が明記されている)。さらに、こうした視点から改めて検証してみると、日本SF英訳テクストのうちでも英語圏にて再録を重ねるほどに愛されたのが、星新一の「ボッコちゃん」以後では光瀬龍の「落陽二二一七年」、荒巻義雄の「柔らかい時計」、そして菅浩江の「そばかすのフィギュア」だったことも、よくわかった。
 ちなみに、前掲『スペキュラティヴ・ジャパン』は共編者序文に加えデイヴィッド・ブリンの前書きが付き、しかも巻末には浅倉久志による回想記が付くという豪華執筆陣だが、浅倉テクストは内容的に『ぼくがカンガルーに出会ったころ』所収のメリル追悼、矢野徹追悼の文章と重なるものの、「ボッコちゃん」英訳者・斎藤伯好ショックについては日本語オリジナルの対応物が見つからない。わたしはもともと浅倉氏の敬愛する作家や先人へのオマージュの捧げ方それ自体がスタイリッシュで好きなのだが、ここでも彼は斎藤伯好氏の「ボッコちゃん」英訳に対し、一読「驚異と尊敬の念」( my wonder and admiration)に打たれ、自分はといえばまだヨコのものをタテにしようとしている翻訳家志望の一SFファンだったのに「この男ははるかに先に行っているばかりか、自分のやろうとしている仕事のまったく逆、つまりタテのものをヨコにするという偉業まで成し遂げている」と賞賛してやまない。だが、わたし自身は日本語でこれを読んだ記憶がない(ご存じのかたがおられたら御教示を)。
 さては――と思ってこの流麗なるエッセイ「タテからヨコに」 “From Vertical to Horizontal”のクレジットをよくよく見ると、英訳者名が欠落している。ということは、編集ミスでない限り、これは浅倉久志本人の英文書き下ろしによる寄稿と考えてよさそうだ。部分的に既発表の日本語テクストと重なる部分は、文字通り著者が自身の文章をいつもとは逆に「タテからヨコに」してみせた訳業、すなわち浅倉久志著にして浅倉久志訳という、世にも貴重な自己言及テクストであることに、わたしは改めて気がついたのだった。

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