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2011年10月

2011年10月 5日 (水)

『国文学「解釈と鑑賞」―特集/筒井康隆―現代文学の巨人』を読む。――〈筒井康隆解釈〉を巡る私的なメモ(荒巻義雄)

Filed under: 研究, 評論, 書評 - 岡和田晃 @ 23:35:36

『国文学「解釈と鑑賞」―特集/筒井康隆―現代文学の巨人』を読む。
――〈筒井康隆解釈〉を巡る私的なメモ

荒巻義雄

(Ⅰ)冒頭に言いたい
 以前、列車でエク・サン・プロヴァンスを旅したとき気付いたことがある。車窓の景色がセザンヌの絵のように見えたのだ。農家や生け垣、木々など、オーカーと緑の景色がである。私の眼がすでにセザンヌ化しており、セザンヌのように景色を見ていたのだった。
 同じことが筒井康隆にも言えるのではないか。つまり、物心ついた時には既に作家筒井康隆がいた世代の問題。〝現実のほうが超虚構を模倣し始めた〟と巽孝之が早々に見抜いたように、〈すでに筒井化された世界〉に生まれ落ちた世代と筆者のような昭和一桁世代では、筒井康隆受容はちがうのではないだろうか。そう感じたのが、本号(76巻9号/以下、本号)であった。

註、筆者も、同世代の一人として『国文学』(1981年8月号)に「エディプス王としての筒井康隆」を、「虚構船団論」を『ユリイカ』に書いた経験があるので、となると今回の執筆者の顔ぶれは、多くが筒井康隆受容第二世代ということになるか。むろん、精鋭部隊である。いずれにせよ、本号は、〈筒井学〉の萌芽が見られたという点では評価されるべきと思う。
註、今号では、筒井康隆が現代文学の脱構築者であったことが、明解に提示されたこと。もっとも、小松左京はじめわれわれがはじめたSF運動それ自体が、まさにデコンストラクション運動であったと見なすことは可能だ。
註、さらに言えば、筒井流の秘密が〈記号論〉など構造主義以降の哲学にあったこと。これが、本号の書き手によって示めされた意義は大きい。

 以下、表題に添いつつも、筒井康隆解釈を考える私的メモとしたい。

(Ⅱ) 虚構のはじまり
 同人誌「CORE」4号(1965年8月)に筆者は、未熟ながらも『東海道戦争』論を書いた。(註、これが筒井康隆の眼に留まり、作家デビューできたという経緯があるのだが)
 短いが、おそらく最初の筒井論だったろうと自負するが、D・J・ブーアスティンの『幻影の時代―マスコミが製造する事実』(東京創元社)が下敷きであると見抜き、〈擬似イベント・テーマ〉と命名したが、アメリカSFの影響は強かった当時、この新テーマ発見の意義は大きいと思う。
 この『東海道戦争』こそがすべてのはじまりである――というのが、筆者の考えである。テレビが普及しはじめた昭和30年代ごろから、現実と虚構の境界に変調が現れだした。これに呼応してか、日本ではSF作家が、反リアリズムの旗印を掲げて既成文壇に挑戦しはじめたという見方は、十分成り立つのではないだろうか。
 小松左京の『日本アパッチ族』や眉村卓の『幻影の構成』もこの時期に生まれた。筒井康隆は『東海道戦争』を起点に『虚人たち』への流れを方法的に確立した。すなわち〈超虚構小説論〉へ通じる道だ。
 今改めて思うが、筒井康隆だけが既成文壇からの批難に曝されたのではない。日本SF全体の問題であった。SFは虚構の上に虚構を重ねる文学であるから、既成文壇が唯一善とする価値観リアリズム文学論との戦いは、むしろ必然であったと思う。
 なお、筆者は、半歩遅れでSF界入りし、SFMに『柔らかい時計』を発表したが、当時はまだ構造主義以降の哲学思想の日本における普及はなかった。日本SF界にポストモダンおよび以降の哲学が移入されるのは、コーネル大学で博士号を所得した巽孝之の帰朝後だ。なお、筆者は、ニューヨークで再会した同氏から手解きを受け、日本敗戦後学生時代に学習したマルクス、サルトル、ハイデガーにつづく、新哲学を知ったのである。
 以上、私史となったが、今回、表題誌に触発されて関連文献を再読して気付く。日本SF界では、1970年前後すでに、上記の新思想を先取りしていたのだ。

註、『日本アパッチ族』を、終戦直後の一時期、わが国を席巻したマルクス主義からの脱構築と読むことができる。
註、筒井康隆の諸作品も、実はポストモダン哲学の先取りだったのだ――と再評価可能である。

(Ⅲ―1) 言葉は消えても猫は消えない
 本号でおもしろかったのは、あの問題作を扱った『虚構からの挑戦―「残像に口紅を」』(中村三春著)であった。
言うまでもないが、〈『残像に』の世界〉は、〈フィクションの中の世界〉である。〈小説世界〉は言語でできているので、言葉が消えると〈世界〉も消えるという仕掛け。むろん、今読んでいる本自体が消滅するわけではない。
 ここでちょっとした問題にぶち当たる。たとえば、われわれ人間は生きているときは〈世界〉を認識しているが、われわれが死んだら 〈世界〉は消えるだろうか。むろん、消えやしない。では〈言葉〉がない世界では、世界は存在しないだろうか。むろん存在するが、〈ただ在る〉だけである。
 一方、『残像』では五十音が一つずつ消えるという超絶技巧が用いられているが、一音が消える度に、それを含む単語が消えるような世界が設定されているのだ。
 問題は、もともと事物の名や行為、形容詞等に対応している言葉が消えたとき、言い換えるとシニフィアン(記号表現)が消失すれば、シニフィエ(記号内容)もなくなるかどうか。名無しの権兵衛でも内包は残る。たとえば、ネとコが消えても猫を意味する内包は残り、英語のcatと結びつく。さらに……またさらに、猫を示す外国語を含むすべての言葉が消えたとき猫は消えるか。むろん、消えない。猫という普通名詞のない猫が、われわれの世界に居続ける。
 しかし、作品の中では消える。この世界は言葉だけでできているからだ。元々、実体ネコそのものが作中には実在しないのである。言い換えると読者の頭の中にしかいない幻影なのだ。だから言葉が消えるとネコ君も消える――理屈ではそうなるのだ。

(Ⅲ―2) 記号表現と記号内容
 ところで、文学作品を自立した〈言語世界〉と捉えたのがロシア・フォルマリズムである。彼らの主張では、「芸術は〈自立した言語世界〉である。しかも芸術家の目的は世界の非日常的であり、事物の異化」なのである。
 が、この主張は1920年から30年代にかけて反マルクス主義として糾弾、激しく弾圧されるのである。何たってマルクス主義は唯物論だもの、当然である。
 余談を戻し、記号表現(シニフィアン)と記号内容(シニフィエ)が成り立つためには、一対一の対応が必要である。これが正統なコードだ。ネコには猫(たとえば、写真の猫)が、イヌには犬が対応するという規則が守られなければならない。突然、ネコがライオンを指したり、イヌが狼では困るのである。
 言い換えると、暗号通信と同じだ。ネコが〈123〉でもいいわけで、それが猫を表すという暗号ブック(コード・ブック) さえあればいい。つまり、われわれが言葉を使って意思伝達をするのは、たとえば無線機を使って海軍D暗号で通信しあうのと同じことだ。
 しかし、もしも、この約束事が乱れれば、相互の会話はバベルの塔を建設した人々のようになる。
また、イヌが動物の犬でない場合がある。たとえば、「あいつは敵がたの犬だ」という場合だ。携帯電話のコマーシャルに出でくる喋る犬はお父さん役だが、比喩表現(この場合は隠喩)では、スパイの意味になる。むろん、この場合も、これが比喩だというコードが相互間で諒解事項だから、問題なく意味が伝わる。

参考 フェルディナン・ド・ソシュール『一般言語学講義』(小林英夫訳/岩波書店)。没後、弟子たちがまとめた。第1章言語記号(95~101ページ)

 だが、言葉というものは、しばしば、ある言葉がある現実に対応するという法則を離れて暴走するものなのだ。つまり、われわれの人脳を現実との結びつきから解き放ち、ある時は創造の世界を築く。だが、悪く行けば嘘、虚妄、洗脳へ導く。
 社会心理学に属する広告の技術もそれだ。あるいは、宗教や政治結社などイデオロギー的に脚色されたテキストもある。卑近例では、戦時中の日本神国神話など。また、原発絶対安全神話をわれわれは教え込まれてきた。
 ――ここで、唯野教授のモノローグに注目しよう。(文庫版363ページ)
 〝虚構の、虚構による、虚構のためだけの理論というものがあり得るか、あり得ないか。むしろ虚構の中から生まれた、純粋の虚構だけによる理論でもって、(中略)あらゆる分野の理論を逆に創造してしまうことさえ可能な、そんな虚構理論は可能か〟
 こんなそら恐ろしいことを真面目に言うのが筒井流だが、理論的にあり得るし、可能だ。むしろ、われらの人脳が、必要以上に多い大脳細胞を突然変異で獲得したものの(20万年前か)、その後、10万年もの間、使いかたがわからずにいた。だが、やがて言葉を獲得したとたん、脳は自走をはじめる。われらの人脳は、自己満足、快楽のために次々と虚構を創りあげる。実は、それが、われわれが現代文明と呼んでいるものなのである。

(Ⅳ―1) 唯野教授とイーグルトンの諸問題
 筒井康隆の読書遍歴『漂流』の中にも取り上げられているテリー・イーグルトンは、周知のとおり「唯野教授」の下敷きである。
 イーグルトンは劇作家にして、かつ小説家DRもあるから、筒井康隆と同じである。オックスフォード大ウォートン記念講座教授と『ポストモダン事典』(松柏社)にはある。なお、この人は、マルクス主義文芸批評の旗頭だから、現代世界の混乱を容認するポストモダニズムがお嫌いで、皮肉たっぷりに攻撃するのだ。従ってイーグルトンを下敷きにした唯野教授の講義もかなり洗脳されている。だが、やはり筒井康隆はちがうようだ。あくまで唯野教授と筒井康隆は別人格であることを忘れはならない。

 とにかく、だが、岩波版『文学とは何か』(大橋洋一訳)を読み込むと、ちらほら欠点が眼につく。
 一方、作品『文学部唯野教授……』のほうは、大学という特異ゾーンについて筒井式諧謔が発揮されて実におもしろい。
 なお、筆者は、新版で読んだが、「文学理論の現在―新版あとがき」を見ても、旧版最後の「結論―政治的批評」を補うような十分な記述がない。
 ここで厄介な問題が一つ。唯野教授は後期授業で、ふたたび、イーグルトンに倣うだろうか。NOと言えばあるいは書かれるだろうし、YESと言えば、多分、書かれることはないだろう。予測不能、方針未定、デリダ流に言えば〈差延〉ってことになるか。
 なお、表題の特集の中で西田谷洋(「接続=転移するコンストラクション」)は、〝マルクス主義・フェミニズム批評が講義から消去されることで、『文学部唯野教授』は、純文学を志向する唯野がヒロインによって主体化するという、没理論的な価値の接続=転位のプロットが可能になる〟と述べる。
 まさに、『残像……』で猛威を振るったあの〈消去〉である。パソコン・ディスプレー上の世界のように、キイ操作で消去されるのだ……『残像……』世界のように、だ。

(Ⅳ―2) スターリン主義を脱構築
 もっとも、ここで言うマルクス主義は、あの悪名高い全体主義的スターリン主義をいうのではないらしい。構造主義者の一人アルチュセールらに始まるニューレフトを指し、その流れにはカルチュラル・スタディーズもある。
(参考/スチュアート・ホール+ポール・ドゥ・ゲイ著『カルチェラル・アイデンティティの諸問題』(宇波彰監訳・解説/大月書店)
 どういうものか。源流はイーグルトンの師匠イモンド・ウィリアムズである。彼らは1950年代に英国で注目された流れだ。
 たとえば、テレビ番組に見られる解釈過程(重層的決定論)、労働者階層の若者らのカウンターカルチャーと資本主義の再生産過程の屈折した関係など。
 あるいは、今日、ネット社会で続発するフラッシュ・モブ(一瞬のうちに集合し、離散する集団)の犯罪。いわゆるリーダーのいない離合集散も、今後は研究対象になるのかもしれない。
 ――話を戻して、アルチュセールのように、旧思想の人間主義から反人間主義へパラダイムシフトした構造主義的思考をしなければ、前述したネットワーク社会(携帯電話的ツイッター的)の無記名の群衆行動は説明できないではないだろうか。
 バルトも同じである。反スターリン主義の立場をとるマルクス主義者だが、記号論(語彙論と記号・象徴論)の専門家だ。
 有名な『零度のエクリチュール』 はスターリンが死んだ1953年に発表されたが、着手はスターリン存命中からであった。

参考/ロラン・バルト『零度の文学』(森本和夫訳/現代思潮社)

 では、バルトは何を目指したか。文学作品が書かれるとき作者の意図のあるなしにかかわらず、彼の生きた時代の影響を受ける。時代が作品に浸透する。実は神話も同じで、それが作られた時代の反映である。
 具体的にはカミュの文体。「きょうママンが死んだ」の書き出しで有名な『異邦人』である。なお、これをより徹底させた中立(零度)の文体を駆使したのが、ヌーヴォー・ロマン、たとえばロブ=グリエである。

(Ⅴ) S/Z問題
 さらに本誌の『安部公房から筒井康隆へ―パヴロフ的言語とフロイト言語』(鳥羽耕史)の中に〝『文学部唯野教授のサブ・テキスト』のバルト『S/Z』パロディの実践〟という一行があったが、筆者は『S/Z』こそが筒井康隆解読の重要な鍵だと考える。
 この本『S/Z―バルザック『サラジーヌ』の構造分析』(ロラン・バルト/沢崎浩平訳/みすず書房)を、手抜きせずに、しっかり読みこめばそれがわかるはずだ。  まず、巻末にある『サラジーヌ』訳(同書259~293ページ)を通読しよう。
 特徴は枠小説の一種である。前半の主語は私だ。後半が私の語る三人称小説である。
 この後半の主人公はサラジーヌ(S)という名の天才的青年彫刻家である。彼が特異なプリマドンナ(去勢歌手)ラ・ザンビネッラ(Z)に女と信じて魅せられてしまう。最後にSは三人の刺客の手で殺害されるが、19世紀リアリズム文学の大家バルザックの描写は見事である。
 この話は、シニフィアンが裏切られて、シニフィエつまり中身がちがっている物語(外見が女→中身は男)と読むことができる。(筒井好みのテーマだ)
 なお本誌『筒井康隆研究について』(平石滋)で提案されている研究法は、バルトが『S/Z』で行った方法そのものだと思う。が、上記提案では、肝心のコードがまだ示されておらず、次巻に期待したい。
 一方、バルトが試みたのは、バルザック評でもサラジーヌ評でもない。前掲『零度のエクリチュール(文章態)』で知られるバルトの狙いは、物語ができていく過程(ある意味では化学反応に似た)等の分析である。
 バルトの方法は、作者の生まれ育ち、時代や社会環境の視点から行う伝統的な講壇批評ではない。バルトの方法は、それらが作者自身でも気付かぬうちに作品に染み込むことを再発見することである。
 また、否定こそしないが、マルクス主義的批評、精神分析批評とも一線を画す。〈文学の科学〉を目指すバルトは、作品の意味を探ることではない。意味がいかにして生ずるか、読者に伝達され、受容されるかを探り出すことである。つまり作品内の構造を見付けることだから、あたかも遺伝子の役割を探る手付きを連想させる。
 しかも従来の構造分析とはちがう手法を採る。バルトは多数から法則を見付ける帰納法ではなく、一作品を分析する演繹法を採るのだ。
 もとより、バルト自身がこの方法を幻想、疑似科学だったと反省しているのだが、必ずしも筆者はそうは思わない。作家が創作するとき重視するのがプロットだが、バルトの分析方法はプロットのさらなる細部分析に役立つ可能がある。特に、人工の世界を扱うSFにとっては。SF作家は、地上以外の宇宙、現在以外の過去や未来を扱うので、プロット構成も一般文学とは本質的にちがうからである。当然、地上とはちがう自然条件に関するコードが増えるだろう。
 『S/Z』では、主なコードは謎を提示する解釈学的コード、言外の意味・含蓄などのいわゆるコノテーションのコード、象徴のコード、行動原理を示すコード、格言や文化のコードなど5つである。因みに冒頭の〝私は深い夢想に耽っていた。〟は、この物語が何か非日常的発展を暗示する〈象徴のコード〉に分類される。

註、学生時代の筆者が、演習で行った臨床心理学の性格検査TATの分析法に似てると思う。

(Ⅵ―1) イーグルトン再読
 『文学とは何か』の欠点は、マルクス主義的見方で、構造主義やポストモダンを批判しているのはいいが、イーグルトン自身の立場、つまり最後の自論(マルクス主義批評)の章になると急に切れ味が悪くなる点である。
 イーグルトンについての文献を他に探してみたが、『現代批評理論―22の基礎概念』(フランク・レントリッキア+トマス・マクローリン著/大橋洋・他訳/平凡社)の中に彼に関する記述を見付けた。(同、455ページ)
 これを、要約すると、彼ら左翼系知識人の眼から見れば、脱構築のレトリックは、市場から書斎へ、政治から記号と文献学へ、社会実践から書斎へ後退させるからNOという主張のようだ。
 一方、筒井康隆には『敵』のような社会問題を扱う作品が多いから、イーグルトン的立場からの攻撃にも耐え得るかもしれないが、切り捨てられるのではないだろうか。もっとも、筒井康隆は、一人称では自虐、三人称では罵倒など独自のレトリックを駆使する作家だ。しかも、自由連想的饒舌を駆使して黒い笑いを誘い、裏を返せば、権威に対する皮肉等のテクニックで、毒舌の毒消しを行うこともできる。さらには、既成価値の秩序を撹拌するトリックスターでもありので、唯野教授に託して筒井康隆は、イーグルトン世界の地表面を滑空しながら餌を啄む怪鳥と化すであろう。

(Ⅵ―2) 自国礼賛するイーグルトン
 『文学とは何か』を読むと、イーグルトンは終始いらだっているようだ。彼が信奉するマルクス主義が崩壊したとき、われわれは社会主義体制が全体主義であったことに気付いた。社会革命のために人々が犠牲になるのは止む得ない。すべて来るべき理想社会のためだ――という強弁に人々は欺されなくなったのだ。
 何かおかしい、いったい何が変なのか。こうして構造主義につづきポストモダンも生まれたと筆者は思う。
 マルクス主義は人類を未開から豊かな未来に導く原理のはずだった。だが、われわれは大きな物語を信じられなくなった。あのソ連崩壊は社会主義だけではない。社会主義を産み落とした資本主義の黄昏をも意味した。
野蛮から文明へ人々を導く原理がマルクス主義のはずだ。イーグルトンは、この原理を信じているので、構造主義以降の新思想に反発するのだ。
 だが、不可解である。たとえば、構造主義では、野蛮と言うがごとき文明に対して未開という価値観を持った言葉を排除するのだ。(註、レヴィ=ストロースは〈野蛮〉〈未開〉とは言わず〈野生〉と呼ぶ。)
 野生と文明の間には序列はないのだ。〈差異〉があるだけである。だが、イーグルトンはこの〈差異〉という概念が嫌いなようだ。
 彼は卑怯である。先にも述べたが、であれば、代案を提示すべきである。彼はさんざん構造主義とポストモダンをこき下ろしてみせたが、一番肝心な〈政治的批評〉では矛先が鈍る。結局、新版あとがき(文学理論の現在)では、彼自身がニヒリズムに陥り、文学の消滅を予感さえする。
 これはおかしい。自分の文学理念に照らして、今どきの文学は遠からずなくなるだろうと言っているのである。そうかもしれないが、滅びる(消去)されるのは、イーグルトンの文学であろう。

註、ここで、ひと言、筆者のマルクス主義文学の受容経験をつけ加えよう。
かつて学生時代、筆者彼は『静かなるドン』を読んだ。『鋼鉄はいかに鍛えられたか』も読んだ。まさにお墨付きピカピカのソ連帝国推薦図書であった。今は影も形もない。なぜなら官製文学であることが暴露されたからである。
むしろ、わが国で弾圧されたプロレタリア文学のほうが、今日でも読みに耐える堅牢な文体を持っているのだ。当時のような過酷な思想弾圧の社会は敗戦を経て終わったが、その芸術性は変わらない。権力に屈せず、命を張って書いたからだ。芸術は、イデオロギー宣伝の道具ではないのだ。
 英国人イーグルトンは、七つの海を支配した帝国主義によって運営された大英帝国の歴史的有罪性を語らない。1章の「英文学批評の誕生」がそれだ。英国民である彼は、2章以下に見られる嘲りの響きさえ感じられる語りは、この1章ではまったく見られない。英国国民にはよく見られるよな大陸文化への偏見があるのだろうか。いや、経験主義の国民には、仏独など、観念性の強い思想は、気質的に理解できないのかもしれない。
 またイーグルトンは、46ページで堂々と注釈なしに書く。〝自国の文化遺産の便利な詰め合わせたる英文学によって武装させられたこの時代の英国帝国主義の公僕たちは、ゆるがざる国民意識をもって、雄々しく海外へとのりだし、野蛮な植民地の人間にむかって自国文化の優秀性を説き、彼らをうらやましがらせることしきりであった。〟
と、自国礼賛しきりだ。
 英国人は文明人であり、植民地人は野蛮人というわけだ。だが、英国の繁栄は印度からの、あるいは南アフリカからの、その他の植民地からのあくなき収奪によって成り立っていた。阿片戦争然りだ。ボーア戦争を忘れたわけではあるまい。
 イーグルトンは帰化人エリオットには厳しく、皮肉屋である。だが、自国民は取り上げない。だが、 南太平洋の島の退廃を書いたモームの『雨』、『月と六ペンス』、印度を書いたフォスターの『インドへの道』など、作中人物は支配層である。
 だが、レヴィ=ストロースは平等の眼だ、繰り返すが〈野蛮〉はない。〈野生〉があるだけだ。構造に階級差はない。〈差異〉あるだけだ。

(Ⅵ―3) イーグルトンにはハイデガーはわからない
 英国人がハイデガーを嘲笑するという話はよく訊く。イーグルトンも例外ではない。だがなぜだろうか。ブリテン島を車で北上した経験があるが、グランピアン山脈の北側、つまりスコットランドまで行かないと森にはお目にかかれない。後は湖水地方に少しあるだけである。
 一方、ミュンヘンからフランスへ車で入ったときライン川を渡ったことがあるが、ハイデガーの散策地地で知られる黒い森(Schwarzwald)はライン上流右岸に拡がる。
 ハイデガーは森の思索者である。ナチとの協力を戦後糾弾されることになるが、だからと言って彼の思索の全部が否定されるわけではない。
 『存在と時間』は、結局、未完に終わったが、存在がある不思議さ、世界がある不思議さを気付かせてくれる名著であると思う。もとよりこの大著を理解するには多くの時間を要するが、より大事なのは、〈感得〉できるかどうかだ。
未完に終わったのはむしろ当然だったと思う。存在の神秘は言葉を越えているからだ。禅も同じだ。不立文字(ふりゅうもんじ)という。禅の奥義は心から心へ伝わるものであり、言葉を介しては伝わらない。これが悟りである。

註、神学生時代に起きたらしいハイデガーの神秘体験は、古東哲明著『ハイデガー=存在神秘の哲学』(講談社現代新書)にある。なにか傍らを通り過ぎる衣擦れのような感触。岩山の傍らで雷に打たれたように悟ったニーチェの体験も然りだ。
註、臨在性とは、何ものも欲せず、いかなる成果もあてにしない素直な態勢をいう。そこに居合わせていることは、神の現在を純粋に語るがままに語らせるということである。マルティン・ハイデガー『現象学と神学』(渡部清訳/理想社)66ページ。

(Ⅵ―4) フッサールは数学から出発
 なお、ユダヤ人フッサールの嗅覚は、ナチズムの危険性にいち早く気づいたが、ハイデガーは初期ナチズムをヨーロッパ的ニヒリズムを克服する精神革命の旗手と思いこんだ。
 が、ハイデガーの精神の原郷へに復帰は、実はフッサールの〈生活世界(レーベンスエルト)〉から発展してきたものだ。後期フッサールはこれを明言するのだが、連想するのが独地政学者ハウスホーファーの〈生活圏(レーベンスラウム)〉の考え方だ。ドイツ人は生活つまり暮らし方を重視する国民である。
 一方、ハイデガー哲学の中心にあるのは、家、国土、故郷のイメージであろう。たとえば、ヘルダーリン論によく表れていると思うが、ドイツ人であるがゆえにハイデガーの祖国独逸への愛が、不幸にして、ドイツ国民を熱狂させつつ躍進中だった初期ナチズムに重なったのであろう。

註、時として天才脳は暴走するものなのだ。筆者個人的には、ハイデガーを責めるのではなく、脳そのものの熱中(思い込み・熱狂・錯覚)が原因だと考えている。

 一方、袂を分かつことになった師のフッサールは、数学から心理学(当時の)に転じ、さらに認識の問題を考えるようになった。数学志向は理論の純化を理想とするが、その最終目標は〈永遠の哲学(フィロソフィア・ペレーニス)〉〈厳密学としての哲学〉であった。言い方が悪いが、一種の原理主義である。デカルトの「われ思う故にわれあり」を徹底させたのがフッサールだと思うが、ここで行き止まりだ。フッサールの弱点は厳密すぎたために、かえって無内容になったことだ。
後年、指摘されるように、フッサールはドイツ心理学の成果ゲシュタルト心理学を理解していなかったようだ。ヨーロッパの哲学史にも門外漢であった。だが、哲学というものは、実は哲学(思想)史でもあるのだ。
 いずれにせよ、フッサールが投げかけた問題提起の影響は大きく、メルロ=ポンティはじめ多数の偉才を輩出するのである。

註、E・フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』(細谷恒夫・木田元訳/中央公論社)。生活世界に関する論述は、第三十三節~三十八節(170~207ページ)など。
註、同書巻末付録二(386ページ以降)『幾何学の起源』を読むと、フッサールが現象学の起点を幾何学に置いていたらしいとわかる。幾何の定理は、誰が、どこで、何時でも同じである。
なお、ひょっとすると『虚構船団』を、この『幾何学の起源』に関連づけられるかもしれない。〝線の中ではとりわけ直線が、面の中ではとりわけ平面が偏愛される。〟という記述などから。(410ページ)

(Ⅵ―5) オントロギアは〈存在〉ではない。〈有〉である。
 ハイデガーのいう存在とはなにか。原語は、ギリシャ語の〈在るもの on〉と〈学 logos〉からつくられたラテン語のオントロギアontologiaに遡る。
 ではハイデガーのOntologieに対する日本語訳をどうするか。一般に〈存在論〉と訳すが必ずしも正しくないと思う。筆者は1931年の和辻哲郎訳〈有論(うろん)〉が適切だと考える。
 理由は存在の〈存〉も〈在〉も語義的にオントロジーにふさわしくない。
 〈存〉は在から派生し、子をいたわりそっとしておく。また土が高く積もること。
 〈在〉は土で流れをせき止めるから留まっている。あるいは禍。(土砂ダム)
 一方、〈有〉は、本来あるはずがないないことが起きること。日食を起こすのは、月のせいだ。従って、文字の中に月がある。
 オントロジーにふさわしいのは、有である。つまり、ハイデガーの存在は、存在の神秘性を含む存在だからだ。存在自身が特別な奇跡なのである。あり得ないことが起こったのがわれわれの世界なのだ。
 一方、無は?
 存在に随伴する無(Nichts)の概念は、〈無からの創造〉というユダヤ・キリスト教の教説がヨーロッパに導入されてからであった。しかし、無は、たとえばヘーゲルでは、弁証法に基づき存在は無に転換され、ついで両者は生成として統合されるのである。
 こうした観念としての無を積極的に主題化したのが、ハイデガーであった。彼は、人間の現存在を死の不安においてある存在と捉えた。いみじくも笠井潔は、第一次大戦の惨状が体験されて生まれた不安と捉えているが、筆者は筆者なりにヨーロッパ人種の不安は意識下にある5万年つづいたウルム氷期の記憶、黄塵万丈といった当時のヨーロッパ世界の記憶だと思う。まさにヨーロッパの悪魔はこの過酷な環境だった氷期の古記憶ではないだろうか。

註、最新宇宙論では、われわれがいる大宇宙は、ビッグバン直後の数多くの失敗作の中からたまたま条件にあうものが偶然にあらわれ、稀有の確率で生まれた。まさに〈有〉の定義そのものではないか。時もまたビッグバンから流れはじめた。この現代宇宙論のイメージとハイデガーは相性がいいはずだと、最近、気づく。

(Ⅵ―6)イーグルトンのその他の偏見
 アメリカ、ニュークリティシズムの淵源は、プラグマティズムだと思う。わが国では、プラグマティズム(pragmatism)に〈実用主義〉という訳語をあてているが、実は、これが大きな誤解を生んだ。
 最近、『メタフィジカル・クラブ―プラグマティズムの起源』(ルイ・メナンド著/野口良平ほか訳/みすず書房)という研究書が出たが、創始者たちは南方戦争の災禍から双方の信念の正しさを競う愚かさを悟ったらしい。つまり、北部の大義と南部の大義とは、なにがどうちがうのか。信念とはいったいなにか。信念の対立に際し、われわれにはなにができるか。これがプラグマティズムの基本理念であり、これがデューイらへ引き継がれる。
 アメリカに生まれたプラグマティズムとヨーロッパ思想の違いは、信念の無謬性を第一原理とする形而上学を追求しないことだ。プラグマティズムでは、信念も、われわれ人間がこの世界で生きることに意味づけを与える〈道具〉にすぎないと考えるのだ。
 イーグルトンが、〝根なしの草のインテリの自己弁護的イデオロギーでしかなかった。彼らは、現実の社会に見いだすことのできなかったものを、文学のなかに創案したにすぎない〟(72~73ページ)と切り捨てるアメリカの〈新批評〉も、南北戦争に似た状況、良きの南部の保守的伝統が、産業化を急速に推し進める北部資本の侵入を受ける時期であった。
 アメリカにおけるポストモダン受容も、英国とちがう多民族国家という背景があるのではないだろうか。作者の出身国、皮膚の違い、階層などなどが複雑で幾層もあるアメリカ社会では、むしろ作家から作品を切り離すことは、人権上、適切なのである。
 言い換えると、イデオロギー対立など容易に解決できない問題を、双方が信念を曲げずに闘争するのではなく、現実的解決を求めるのがプラグマティズムの思想である。
 あえて言いたい。英国にはフェビアン主義があるではないか。時間をかけて解決するゆっくり主義だってあるのではないか。

註、今の英国もかつての大英帝国時代の負の遺産を抱え込むようになった。旧植民地から移住した人々の子孫が英国社会が抱え込んだ困難な問題となっているようだ。

(Ⅶ) 結語―筒井康隆はニヒリストか。ニヒリズムは超虚構にシンクロするだろうか
 さて、超虚構である。原理的になりたつであろうか。
 唯野教授、かく語りき。
〝虚構の、虚構による、虚構のためだけの理論というものがあり得るかあり得ないか。むしろ虚構の中から生まれた、純粋の虚構だけによる理論でもって、(中略)あらゆる分野の理論を逆に創造してしまうようなことさえ可能な、そんな虚構理論は可能か。〟(『唯野教授』363ページ)
われわれの世代には忘れがたい〝人民の、人民による、人民のため〟のデモクラシーを彷彿とさせるから、昭和8、9、10年生まれか、唯野教授は……。

 『日本SF論争史』(巽孝之編)所収の筒井康隆「現代SFの特質」を読み返して見ると、 〝SFの特質とはなんでしょう〟と問いかけ、〝ぼくはこれを仮に「超虚構性」と名づけたいのです。〟と述べる。
 筒井康隆は、この時点では、頑迷な文学観(リアリズム文学)へのカンウンターカルチャー文学としてのSFの立場から、そう宣言したのである。
 さらに〝シュール・リアリズムやアンチ・ロマン系統の前衛的な小説が存在する部分は、超虚構性を持つSFの立場からはさらにその裏側へまわり込まなくてはならない。相手が二重の虚構性を持つならSFは三重の虚構性を持たねばならない筈なのです。〟と述べる。
 1974年のことだが、巽孝之によると、J・G・バラードに影響されたということである。
 以上で、〈超虚構〉が宣言された背景が朧気ながらわかる。つまり、日本SF初期の時代、リアリズム文学から受けた迫害に対する挑戦であり、日本文壇における現在の地位を考えれば、目的は果たされたのかもしれない。SFの特徴である虚構性は、もはや次々と現れた新人らにとっては文学の常識となったのである。
 だがイーグルトンは次のように述べる。
〝みずからの虚構が無根拠で無償であることを知悉するポストモダニズムは、この事実をこれみよがしにアイロニックにひけらかし、みずからの地位が構築された人為物であることを斜にかまえて指摘することで、ある種の負の真実性をおびもしよう。〟(前掲、354ページ)
 この指摘が適正かどうかは読者に任せるとして、〈負の真実性〉と述べている個所はおもしろい。イーグルトン自身はおそらく気づかず言っているのだと思うが、実は重要な指摘だ。現代世界が、すでに、〈実〉から〈虚の時代〉に入っているのである。
 数学的考えに立てば、虚数の世界がある。実数に対する虚数だが、数学的に実在する。宇宙ではどうだろうか。虚数は現実である。
 最近、大宇宙が加速しながら無限に拡がっていることが超遠距離の新星観測で証明された。これまでの実の世界で成り立っていた物理学では、拡散のどこかで収縮に転ずると考えられていたが、宇宙は無限に拡がる。これは〈真空のエネルギー〉が働くからである。この無のエネルギーは引力とは反対の〈斥力〉である。
 イーグルトンは、ゲシュタルト心理学を知っているのだろうか。あのルビンの錯視で知られた図と地の関係だが、向き合った人の顔が、突然、果物鉢に代わる。図(実)と地(背景)が入れ替わる。
 リアリズムを図(+)とすれば虚構は地(-)と考えられていたが、20世紀後半からすでに、われわれの世界は実と地が、自在に、臨機応変に入れ替わるような世界観に変更されていたのである。
 結論を言おう、〈超虚構〉というよりは〈完全虚構〉は、現代の本質をリアルに描こうとすれば、むしろ必然なのである。
頑迷なリアリズム文芸評論家は19世紀的世界観の残映にすぎないのだ、と認識しよう。20世紀の残映は次の2010年ごろまでつづく。しかし今は2011年だ。いよいよ時代の情況が、21世紀モードに変わったと見なしよい。
 虚数はimaginary numberである。想像上の数字の意だ。SFは想像の文学であるからイマジナリ文学である。つまり、そういうことだ。
 これで答えは出た。〈虚文学〉であるなら、〈超虚構〉はむしろ必然。しかも、21世紀世界では、虚数が実権を持つのだ。われわれが大宇宙意識を持てば、〈虚〉と〈虚数〉こそが、〈実〉〈リアリズム〉なのである。

[付記]
予想に反して長くなった。本論は、筆者なりの〈代補〉〈補巻〉(デリダの重要概念)のつもりである。

 おわり

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